エピソード3 「暁(あかつき)の強制調査」

(登場人物)
佐々木仁之介(白鳥県税務課 脱税調査班 主任)
黒井圭裕(くろいけいゆう  (株)黒井石油販売 社長)
加藤八郎(白鳥県税務課 脱税調査班 班長)

「明日は白鳥県始まって以来の、国税犯則取締法による強制調査であります!」

平成8年某月。県内各地の県税事務所から動員された200人の職員を前に、加藤班長が檄(げき)を飛ばします。
明朝、夜明けと同時に被疑者と脱税軽油購入者の自宅と関係場所100か所を一斉に捜索を執行し、脱税の証拠となる物や書類を押収します。

軽油引取税は消費者が軽油を購入する際に発生する税金で、特別徴収義務者に指定された石油販売業者等が都道府県に納入します。
税額は1リットルあたり32円10銭になりますが、これを脱税することにより、消費者はその分購入費用が安くなり、販売業者は脱税分の利ザヤを稼いだり、廉価に販売することで競争力を高めることができるのです。

脱税の方法は様々ですが、最も多いのが灯油とA重油を混ぜる混和軽油という手法です。石油製品というのは原油を蒸留して作られますが、軽い順からナフサ、ガソリン、灯油、軽油、A重油となります。灯油とA重油には税金が課税されていないので、混ぜると税金がかからない「軽油」できるという寸法です。

今回の事件は、A重油をそのまま「軽油」として販売するという荒っぽい手口です。

翌日未明、宿泊場所から200名の職員が動き出します。脱税「軽油」の購入者はダンプで砂利を運ぶ(建前は売買)自営業者で、燃料代を節約するためA重油と知って購入していました。現場に向かう彼らの朝は早いため、捜索が可能となる午前6時52分(日の出時間)、一斉に捜索を開始しました。

購入者の関係場所は職員2名と立ち合いの警察官1名のユニットでしたが、私は5名の職員と立ち合いの警察官とともに黒井の自宅に向かいます。
代々の担当者に引き継がれた黒井は、暴力団と親交がある強面の男というキャラクターであり、通常の調査が徹底できなかった要素の一つでもありました。

玄関のチャイムを押すと、ステテコ一枚の初老の男が出てきました。令状を示し、捜索を宣言すると、あわててズボンを履こうとしますが、よろけてうまく履けません。
聞いていたキャラクターと、目の前の滑稽な男のギャップ・・・・。


後日、供述調書を作成するため、県庁に黒井を呼び出しました。

「暴力団と親交がありますか?」

「(恥ずかしそうに手を振りながら)そんな人たちと付き合いがあるわけないでス~」

「なぜ県税事務所の職員にそう言ったのですか?」」1

「そう言っとけば、怖がって調査にこないと考えたからでス~」

まんまと策にはまっていたようです。(恥)

「早朝と夜間に重油を配達したのはなぜですか?」

「公務員は8時30分から夕方5時までしか仕事をしないと思っていたからでス~」

A重油の販売先は、黒井石油の配達ローリー車を昼夜問わずに追尾して、半年かけて特定しました。相手の想定を上回ることで、結果を掴むことができたのです。


県庁の講堂に押収物が次から次へと運び込まれます。強制調査終了。
私は高熱を出して、山と積まれた証拠品の隙間に倒れこんでしまいました。
犯則調査の捜索差押は裁判所から令状をもらわなければなりません。そのために要した脱税調査班5名の超勤は平均月200時間。疲労と安堵感につつまれて・・・

後に聞いた話では、参加した職員の半数近くがインフルエンザになったそうです。
インフルエンザにかかった職員全員が私と同じ宿でした。(終)

(この連載は100%の事実によるフィクションです。実在する団体、人物とは関係ありません)

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